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かたりつぐべきもの


 知人の話では

 今では小学校でも戦争について語る時間や授業が
 
 少しはあるそうな。

 (地域差があるかもしれませんが)


 私が幼い頃は、戦争に対しての私見が入るからか、

 あまり教師は戦争について「年代」や「条約」以外、深くは語らなかった。

 私が悲劇について、悲惨さについて知るのは、
 
 もっぱら、図書館での資料からだった。



 それから、亡くなった祖父の戦争の遺品。

 残された写真の数々は、残酷な日本兵と現地の民間人の遺体の姿を
 
 これが現実なのだと訴えていた。

 そして、出征前に祖父が残した、髪の毛や家族への手紙。

 もし自分が現地で死に、遺体も戻らないときには

 その髪を埋葬するように、置いていったのだ。



 けれど、今、学校で「知識」として戦争を学んだ子どもに何が伝わるんだろうか。

 その授業を受けた子どもは

 「てっぽうかっこよかったよ。ばんばーん!」と言って帰ってきたそうだ。


 その子の親も、戦争を知らない。

 その子の祖父母も、戦争経験者ではなかった。
 
 そして、曾祖父母は、戦争について語らなかったそうだ。



 何も語り継がれていない。



 憎しみや悔しさを、他国への差別を教え込むのではなく、

 その恐ろしさや狂気を、教える必要はあったのかもしれない。


 敗戦のショックと占領、

 そして黒塗りの教科書と「神国神話の崩壊」で、米国に劣等感と憧れを持ち、

 伝えるにも伝えきれない部分もあったのだろう。

 自分も時の流れとは言え、戦争の中で人を傷つけた加害者となってしまったので

 経験を語れない人もいただろう。


 そうして、戦争は「歴史の中のできごと」になってしまった。

 関ヶ原の合戦やら

 応仁の乱やらと、

 今の子どもにとっては同じような「昔のできごと」



 震災や津波の被害、原発の持つ危険性、

 戦争の恐ろしさとそれが引き起こす人々の狂気、

 さまざまなことを、伝えていく工夫が必要だわよね。
  
 簡単ではないけれど。


 他国を憎むことではなく。



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