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芸術と表現の自由

 これはまたもアタクシの勝手な意見なので
 ほんと、賛成いただけないかもしれません。

 ただ、毎日疑問に思うので書きます。


 
 アタクシは、現代アートを
 イマイチ理解できません。

 理解できるフリもしたくありません。
 写実的な絵はすごいなと思うし、
 マネの印象画などは幻想的できれいだと思うけれど、
 アートの幅は広すぎてイマイチ分からない。

 よく、裸体をモチーフにしたものなどが
 昔は芸術かどうか議論されたし、
 写真集などでも、裸体をどこまで露出OKか問題になることがある。

 芸術として何でも認めていいのか、
 表現の自由はどこまでも自由なのか。



 個人でお金を出してそれを見るのなら、
 まだいいのだけど、
 公共の場ではどうだろう・・・。


 例えばリアルな裸婦の油絵が、市庁舎の玄関にドーンと飾ってあったら?
 有名な作家の作品でも、春画や残酷絵なら?

 表現の自由はあっても、
 置く場所の適切さなどは、あるはず。




 前置きが長くなったのですが、
 新しく路肩に設置された現代アートの前を通るたび、
 アタクシは気が滅入るのです。

 ボート型のプランターの土の中から、
 彩色されたリアルな、
 幼女の下半身がさかさまに突き出している現代アートがあって。

 見るたび、
 私はコドモが生き埋めにされているようにしか見えず、
 胸が苦しくなるのです。

 作った人や飾った人には「芸術が理解できないのか」と怒られそうですが、
 肌色に彩色された、等身大の小さな足
 もがくようにプランターから突き出した姿を見ると、
 思わず掘り出したくなるほどなんです。

 遠くから見たら、
 コドモが生き埋めになっているようにしか見えない。



 芸術が分からないと責められもいい。

 たぶん写真を載せたら、「なるほど幼児が埋められてるように見える」と、
 分かってもらえるんだけどな・・・。
 遠くから見たら遺体に見えて、一瞬ハッとすると思う。




 せめて銅像の単色ならいいのに、
 ちゃんと肌色に彩色されている。

 なんでリアルな幼女のサイズで、
 肌色なんだろう。
 
 肌色の小さな素足がばたついているように土中から出ているのは、
 生々しい。


 ミロのビーナスが、首も手も折れていても芸術に見えるのは、
 あれが石像だからだと思うんです。

 肌色に彩色されていて、
 または、例えばあれを、
 逆さまに縄で吊るて飾っていたら?

 とたんに、ある人は現代アートだと言い、
 ある人たちは見ていて違和感を感じる、微妙な存在になると思う。



 と言うことで、
 アタシは個人的に
 プランターから等身大の肌色の幼児の下半身が飛び出しているオブジェは、
 公道にあるのは悲しい。

 クレームを言うつもりはないけど、
 見るたびに胸が痛い。

 公共の場に置く場合、
 それがたとえアートであるにしても、ふさわしいかどうか、市民にも議論させて欲しい。

 博物館の中などでなく、
 路上だし、
 市民の通路だし・・・。








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