立ち止まるな!ビンボ虫!

貧乏タガメ。尊敬するブロガーさんたちの真似をして、FC2へ

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トイレが別なんだしさ。

 極論・・・ってありますよね。

 私は体罰反対ですが、忘れ物をした生徒をコツン!と小突いて
 「自分が困るんだぞ!次から気をつけなさい」って言ったら

 暴力だ!頭を殴った!と騒ぐことはありません。

 なんていうか、
 それは極論と言うか。


 以前、私は「生理がとても重いけど、生理休暇なんて取ったことないな、とれる雰囲気でもないし」 
 と書いたら

 「男女平等社会なのだから、女性だけにある生理休暇は不平等で撤廃すべきです」

 というメールを頂きました。


 ・・・うーん。


 平等であるということ、機会が与えられることと
 もともとの性差は違うと思うの。

 「女だけに子供を産めるなんて平等じゃない!産めるようにしろ!」と言っても、できないじゃないですか?

 オリンピックで男女を分けるのは差別だ!
 全部男女混合にしろ!

 と言ったら、
 女性は走っても泳いでも、男性にほとんど勝てず
 金メダルは男性がほとんどになるのでは?


 差別と区別は、違うと思うんです。


 妊娠は病気じゃないと言いますが、
 激烈な職場で4度も流産した看護師の女性が、「今度は諦めたくない」と
 5度目の妊娠が分かったら退職し、
 赤ちゃんのために安静にする道を選びました。

 臨月まで猛烈に働きまくっても平気な人もいれば、
 生理が(筋腫などで)倒れるほど重い女性もいます。

 でも、男性と同じくらい働けないならいらない!と言っていたら、
 企業は男性ばかり雇用することになります。

 女性だからできる細やかな仕事があったり、
 女性だから気付けることがあったり、
 介護や看護の現場では「女性が望まれる」場合もあるのに。



 生理で休まれたら困る。
 産休をとられたら困る。
 
 それは分かる。
 自営業だったら、そんなんで休んでいられないんだし。


 だけど、そういう休暇を認めるとか認めないってことは、
 男女差別じゃ、ないと思うんだけどなぁ。

 男女は、やっぱり違うんだから。

 何もかも男女一緒にすることが平等、じゃないと思う。


 銭湯で男女の湯が別々なのは、
 過去に米国であったような、黒人と白人は別のトイレ!というような差別と、
 根本的に違うでしょ?

 ・・・。

 違うと思うんだけどな・・・。


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人質

 日本人を含んだアルジェリアの人質事件。

 詳しくは情報が入ってこない部分もあるけれど、
 犠牲者も出ているようで・・・
 胸が痛みます。

 自分の人生の中で、
 内戦に巻き込まれたり
 テロに遭ったり
 人質になったりなんて
 ありえないことみたいに思いがちだけれど、

 オウム事件があったように
 日本だって「別枠の国」ではない。


 それに世界中に日本人が観光にでかけ、
 住み、
 働いて生きている。

 巻き込まれる可能性は、いつもある。


 アルジェリアについて、私はほとんど知らない。
 学校でもあまり習った覚えが無い。

 国名すら、
 昔の映画の中で「ここーはー 地の果てー アルジェリアー」って歌を聞いて
 それで知ってる程度。

 どんな国で、どんな文化で、どんな服装、食事なのかもよく知らない。

 その国にも、さまざまな大義や正義を持つ人がいて、
 それが噛み合わず
 人を犠牲にしてでもその怒りや力を示そうと思うに至ったんだろう。


 どうにもならずに追い詰められて攻撃するのは、
 それでも、
 民間人を標的にして命を奪った場合、その正義は吹き飛んで薄汚れる。

 それぞれの正義がぶつかっていたはずでも、 
 一方が武力で人命を奪い始めたときに
 私はそちらの正義は正義で無くなると、思っている。


 無念にも拘束されて命を奪われた方のご冥福を、心から祈りつつ
 他にも拘束されている方は
 どうか無事に開放されますように。

 日本人が含まれていたからこれほど大規模に報道されたけれど、
 日本人が含まれていなくても、
 こんな事件が、なくなりますように・・・

 無くなる事は無いだろうと、悲しく思いつつも、
 それでも切に願う。


芸能人の離婚


 益若つばさちゃんところが離婚したそうだけれど、
 ダンナさんはやっぱり、どちらかと言うと「つばさちゃんのダンナ」的な見方をされることも多かったし
 収入も差があるし
 いろいろあったんでしょう。

 部外者に言えることは
 「いろいろあったんでしょう」 だけ。


 何があったのかは墓場までもっていく、と言っていましたが、
 是非そうしてください。

 もし奥さんに言いたいことがあっても
 言えば相手も反論もあるでしょうから泥沼です。

 お子さんもいつか、その内容を知ることになるので
 沈黙が金、です。


 一般人だと、別れた妻子と音信不通ってことは多々あります。
 会わせるべきでも、
 お互いが憎しみ合いすぎて連絡を取りたくなかったり、
 逆に、子どもを引き取らなかった側が新しい家庭を築いていたりして、
 疎遠になっていたり。

 それでも、
 芸能人の場合は、テレビでお父さん(お母さん)の顔を見ることになる。

 小泉元首相のとこもそうだったけれど、
 離婚時に胎内にいた末っ子は、お父さんをテレビでしか見たことが無いと、
 以前言っていましたっけ。

 松方弘樹さんのところも、そう。
 なんども離婚と再婚を繰り返していると
 先妻の子はお父さんに会いにくくなるし、
 でもテレビで姿を見かけるから忘れることもできない。

 自分の顔が父親に似てくるのを、どんな気持ちでテレビで見るんだろう。



 ってことで、
 一般人も離婚って難しいけど
 芸能人はまた、特殊な事情があるわよね。

 お子さんがまっすぐ育てば、それでいいのだけれど。
 別れた二人もお子さんも、どちらも幸せになれますように。

 キレイごとだけど、願います。

体罰にブレーキを

 私は子どもに手を上げるのが
 必ずしも、絶対にダメだとは言わない。

 親が、本当に子どものためを思って手を上げることって、
 あると思うんです。

 ・・・これは意見の違う人もいると思いますけど。


 ただね、
 教師の場合は微妙。

 手を上げても絶対誰も逆らわない状況だと、
 歯止めが効かなくなることがあると思う。

 
 学校は容認
 生徒は無抵抗
 両親も子どもがレギュラーになるためなら、強くなるためならと容認


 もしタガが外れた暴君になっていってしまっても、
 意味不明な厳しい訓練をさせていても、
 誰かそれをビシッと止める人がいなくなる。

 人が死んだりして外部に騒がれるまでは。



 私が通っていた学校は体罰の多い学校でしたが、
 それこそ、
 好きな野球チームが負けた日には教師が生徒を竹刀で殴るような
 意味の無い体罰(暴力?)が横行していました。


 厳しい運動部では
 真夏でも練習が終わるまでは一滴の水も飲んではならない。
 
 練習後も、湯気がもうもうと立ったお湯しか飲んではならない。

 先輩や教師が、水筒をあけて湯気があがるかどうかチェックする。


 今思えば、水なしで何時間も炎天下で練習していて
 死者がでなかったのは運が良かった。

 練習中、バタバタと生徒が倒れて、
 玄関前に寝かされていたけれど
 あれは熱中症だったんだろうな・・・。

 倒れても、冷やされるだけで水分補給は
 「気合が抜けるから」なし。

 
 変な世界だったわ。



 昔の日本軍でも、
 水補給なしで行軍すれば体力があがって戦力になるとか、
 そういう「精神論」があったけれど、
 確かに過酷な訓練をやり遂げたことで自信はつくとしても
 水補給しないおかげで効果的に体力がつくってことでもない。

 殴れば殴るほど強くなるってことでも、ない。



 竹刀だけじゃなくて、
 監督が座っているパイプ椅子で生徒を殴っちゃったりしたこともあって
 さすがに骨折してちょっと騒ぎになったけれど
 でも親が訴えるようなこともなかった。

 体罰を騒ぐと、
 親も、他の親から拒絶されてしまうのだ。



 殴れば殴るほど強くなるなら、
 毎日竹刀や木刀でボコボコに殴れば、
 全国大会優勝だ。

 でもそんなことはない。

 血まみれにしたり
 骨を折ったり
 水補給を断ったりするほど強いチームになるはずがない。


 厳しい指導は必要なときもある。
 だけど、的外れなときもある。

 いつも長時間の正座や
 連続ビンタを受けている運動部の生徒に聞いたことがある。

 「ずっと殴られ続けて平気なの?」


 「最初の5発くらいは痛いけど、
  あとは痺れてどうってことない。

  何も考えずにひたすら頭を真っ白にして殴られてる。
  竹刀でも一緒。

  正座の時も、しびれて感覚がなくなった後に、猛烈な痛みがくるけど、
  5時間くらい経つとマヒするから。

  ただ何も考えずにやられてればいつか終わるから」


 痛みを我慢して
 何を言われてもハイハイと大声で返事し、
 オマエらはクズだと言われてもハイと言い、
 走って来いと言われれば何時間でも意識がなくなるまで走る。

 そうしていれば、「いつか終わるから」



 部活は途中でやめることは許されなかった。
 卒業まで、ひたすら我慢。

 そしてその後、その子たちが進学して、
 同じ種目を続けることは、ほぼ無かった。


 あの特訓と暴力に意味があったのか。
 あれほど殴って、骨折や難聴になった子まで出しても、
 地域大会止まりなのだ。

 体罰は、「悪いことをしたとき」に親が一発食らわす程度のものを言うんだと思う。


 強くするというタテマエで
 教育者が振るうのは
 「暴力」でしかない。

 ましてや蹴る、竹刀や道具を使う、なんて、恐怖による支配。


 (騒ぐ子どもに教師がコン!と拳骨を食らわせただけで、暴力だって大騒ぎする親は
   それはまた別ですけど)



 


 

インドに限らず

 近頃、
 よくインドでの婦女暴行が記事になっていますが・・・

 いえ、婦女暴行なんて言うと軽い犯罪みたいですよね、
 強姦です。

 以前、日本でも政治家がレイプ犯を
 「元気な証拠」だなんて言って叩かれましたが、

 レイプは、相手の人生や生きる力を奪う行為だから、
 ある意味で殺人。

 女性を踏みにじり、
 貶める最悪の行為。



 その人を生きながらにして殺してしまう。
 希望を奪ったり
 普通に生活できる精神状態を奪ったり
 仕事や学校に行ける力を奪ったり、
 
 とてつもなく残忍な行為。

 それをする加害者を「元気だ」と表現するならば、

 テロリストも通り魔も、
 みんな、犯罪をできるほど元気でいいね!と言うのと同じ。


 インドの暴行事件は、
 たぶん、そのひどさが今まであまり表に出てこなかったから
 今騒がれているんだと思う。

 大人数で女性をぼろぼろに痛めつけて、死に至らしめたり、
 今回報道されたのは、バスで運転手や乗客がよってたかって
 女性客を連れ去って強姦するという凄惨なものだった。


 私は強姦、という被害に遭ったことはない。

 無いけれど、
 遭ったときに、それを言えるだろうかと、つくづく考える。

 自分に娘が居て、被害にあったら?


 被害者なのだから警察に行き、
 証言すべきだというのが正論なんだろう。

 だけれど、それをしたことで自分は・・・何を失うのだろう。

 周囲から「被害者」として見られる苦痛、
 職場や学校に行けなくなる恐怖、
 加害者からの、もしかしたらあるかもしれない報復・・・

 
 それらを考えると、
 正論やキレイごとですべきことが、できないかもしれない。

 正しいことをすることが、苦痛を生むことも多いのが
 現実なのだから。


 インドだけじゃなく、
 女性が被害に遭って、言えない国はいくらでもあると思う。

 日本だってもちろん、バスで連れ去って運転手も乗客もグルになって、というような
 大事件は少なくても、暴行事件は毎日のようにあるはず。

 ある犯人が捕まったら、
 出ている被害届よりもたくさん自供することも多い。

 つまり、言えないで悔しくても泣き寝入りした被害者が
 実はたくさん居るということ。


 男性が女性より力強く、性欲という原始的な欲望がこの世にある以上、
 いくら教育しても
 この世から性犯罪が無くなることは、ないのかもしれない。

 いじめや戦争と同じで
 全く無くすことは困難。


 それでも、ならば事件が表面化し、犯人を捕まえることができたなら、
 重い重い罰を望みます。
 
 その罰が、他の性犯罪者予備軍への戒めになったり、
 出てこられないほどの刑を与えることで、せめて被害者の恐怖を減らしてあげたい。

 それから、再犯による被害者も無くしたい。


 女性だけじゃなく、
 子や妻を持つ男性のためにもなるのだから。



除染の求人

 職探し中のワタクシ。

 求人雑誌を見ていたら、
 除染作業の求人があった。

 ・・・やっぱりあるんだよな、あって当然だよな。

 と思いつつ、
 じっくり条件などを読んでみる。

 必要な資格などは全くなく、
 自動車免許すら無くていい。

 終わるめどが分からないから長期雇用。

 そして寮完備、残業なし、高い日給。


 うーん。

 子どもがいなければ、独り身なら、これはいい条件かもしれない。


 ただ、除染作業というのは
 本来、放射性物質が飛散して危ないから行われるのであって、

 たとえそこが立ち入り禁止区域でなくても、
 完全に安全な作業ではない。

 洗い流して、出た土や木、葉などを袋に詰めるだけの簡単な作業です!と書かれているだけで、
 素人がいきなり行って、
 何も学ばずにできる。


 つまり、今話題になっている手抜き除染は
 当然の結果なんだよね。

 日本各地から、寮もあって食事も安心で、時給も高いし資格も要らないよ、と
 求人をかけて集めた人がやっているんだもの。

 
 だけど、いつ終わるか分からない作業だから、正社員を雇うわけにはいかない。
 
 時給を高くして、期間作業員にするしかない。


 ・・・手抜き除染を失くすためには、この実情をなんとかしないとな、と

 求人広告を見ながら思った三十路。


 家族も無く、リストラに遭って仕事が無い独身なら、私も応募したかもしれない。
 そして、
 単純作業の毎日の中で、危険性への感覚がマヒしていって、
 除染作業が適当になるかもしれない・・・。


 
 

ありがとう保育園。


 世の中には、長い期間保育園に入れるのに反対の方も、
 いらっしゃいます。

 中には、親元で育った方が良いと思われる子もいるかもしれないので
 一概に反対はしませんが、
 アタクシは、タマクローを幼いときから保育園に入れたこと、
 良かったと思ってます。

 乱暴な子がいたり、小突かれたり、
 そんなことがあっても、それが社会ですもん。

 私はつい、一人ムスコで片親だと思うと甘くなりがちでしたが、
 保育園のおかげで、周囲の子を見て頑張れたことも多かった気がします。


 ・・・。でもヘタレですけどね。


 そんなムスコが、本日は七草がゆを食べて帰宅しました。

 
 将来、記憶に残るかどうか分からないけれど、
 季節ごとにちゃんと食べるべき料理を出してくれたり、

 保育園で育てた野菜を収穫して食べさせてくれたり、

 本当に感謝でいっぱい。


 私は子どものころから家で七草がゆなんて食べたことがなかったし、
 「どうせおいしいものじゃないから」と言われてきたけれど、

 なんて言うか、おいしいとかおいしくいないとか
 そういう理由じゃないんだよね、食べるのって。

 冬至のかぼちゃとかさ。(違いましたっけ?)


 ああ、そういう伝統というか、風習があるんだなー、という気持ちが
 大事なんだよねぇ。


 
 しかし小学校に上がると、ものすごく給食が美味しくないという評判のタガメ市。

 給食に美味しさなんて求めたら、
 戦後の、飢えてるから学校で食べ物を出すっていう目的の給食を知ってる方に怒られそうですが、

 なまじ保育園で心のこもった手作り料理を食べてきたので
 給食がおいしくないのは切ないわー・・・。

 田舎の分校で、給食も学校で手作り、なんていうところに越したくなったりもする、
 近頃のアタクシ。


 給食センターで一気に大量に作るっていうと、しょうがないのかもね。

 ぱっさぱさの料理とか、冷凍モノとかが多いらしいけれど・・・。




接点。


 たまにムスコが、保育園の行事で
 高齢者施設との交流なんかをやって帰ってくる。

 出し物をすると喜んでもらえるので
 得意気。


 高齢者施設と、保育園や乳児施設をくっつけたりする例もあるそうだけど、
 あれって、いい面もたくさんあるのよね。

 大変なのは分かるけど、
 幼児が普通にお年寄りと交流できるし、
 体が思うように動かせない方の不便さを、口で説明するんじゃなくて
 見て感じて分かるようになるし、
 どう接したらいいか慣れてくる。

 核家族で近い年齢の子どもとだけ触れ合っていると、
 高齢者との接点が少ないことって、ありません?


 私は完全に核家族で育ち、
 祖父母というのは盆暮れ正月にちょっとだけ顔を見るものだと思っていたし、
 
 それほど可愛がってもらえなかったので、
 甘えたり、
 触れたり、
 手をつないだことも記憶にない。


 だから正直言って、
 子供の頃、高齢の方が、ちょっと怖かった。

 お年寄り特有のにおいや話し方、
 合わない会話や価値観、
 すべてが壁のように思えて、近づくのもあまり・・・。

 「よく来たなぁ!よしよし!」って言ってくれるような祖父母なら違ったのかもしれないけれど、
 あちらもあまり会わない孫が可愛くないのが分かるような態度でしたからねぇ。



 だけど、孫がいなかったり、会えなかったりして
 子どもとの接触を喜んでくれる方も、いるワケで、

 そういう場所でムスコが高齢の、体がご不自由な方との遊び会みたいなのをやるのは、
 双方に良い経験だと思うのだけどな。



 なかなか、現実には難しい。

 職員の種類も違うし、時間帯とか施設の設備とか、合わないものも多いだろうし。


 だけれど、高齢者と幼児とか
 健常児と障害者とか、
 そういう風にはっきり分かれて、違う施設に居て接点が少ないより

 普段から見かけて、声をかけあったりできる距離であったら
 いいなー、と思うアタクシ。


 今は同じクラスにいる障碍を持った子も、
 保育ではなく教育という視点に立てば、違うスピードで別の覚えるべきことがあったりして、
 同じクラスにはいられなくなるかもしれない。

 それでも・・・
 理想としては、そういう子もいて、
 世の中には赤ちゃんも老人もいて、
 普通に関わっていける社会だったらいいのにな。

 理想論だと、分かっているけれど。

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