立ち止まるな!ビンボ虫!

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花の下にて


 残暑が厳しい昨今、
 すでに朝晩の気温差で風邪をひく人が増えているそうな。

 ・・・ご多分に漏れず、私も。

 この異常なだるさと疲れは、
 夏の疲れが出てるのかしら。
 
 風邪と重なって、仕事に来るのがけっこう必死。



 少しでも体調を崩すと
 自分の死後のことが心配になるアタクシ。
 
 気弱になるアタクシ。

 できれば、桜の季節に死ねないのなら
 秋のからっと晴れたシーズンがいいわ。

 もし葬式で、
 みんなが猛暑の中汗だくで参加するのも、
 遺体が腐敗しないように冷却材をたくさん載せておくのも申し訳ないし、

 寒い季節で
 お焼香に来た人がガクガク震えてるのも申し訳ない。



 「願わくば 花のもとにて 春死なむ」 なんて言うけれど

 ただ単にロマンチックなだけじゃなくて
 実際にもその方が
 死後の処理してくださる方にも便利よね・・・。

 壮大な葬式をするんじゃなくても
 焼くときくらいは親族がくるかもしれない。

 だったら、大雪だとか台風だとか、
 超寒いとか超暑いと
 大変だもんね・・・。


 三十路も後半になると
 身近で大病や事故で亡くなる人もでてきて
 『死』を身近に感じますわ・・・




 
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古傷が痛むぜ

 
 「こんな日は古傷がうずくぜ」

 なんてセリフを
 映画なんかで昔からよく聞くことがある。

 比喩的なもんかと思っていたけど
 大人になってみると
 ああ、事実なんだろうなって気づくもんザンス。


 
 季節の変わりに目に体調を崩すとか
 気圧の変化で昔の怪我が痛むとか
 関節や腰が痛いとか。

 実際あるもんなのね・・・。


 結局、自然に対して人間は勝てません。

 自然の中で生きている
 自然な生き物が
 自然の中の危険から身を守ろうとしてるだけで

 人間はやっぱり「生き物」だから自然の一部なんだものねぇ。
 自然破壊していたって。



 台風が来るから昔の怪我が痛むとか
 月の満ち欠けで出産数が増減するとか

 人間はどんなにハイテクな機械に囲まれていたって
 結局自然の力のもとで翻弄される小さい生き物なんだって、
 近頃つくづく思うザンス。

 地震に翻弄され、
 津波に押し流され
 竜巻に家を取られて、
 それでも生きていく、「自然と共存かつ戦いの日々」な、小さな人間。



 でもそれを
 古傷が痛んだりすると、
 自然とつながってるんだな、人間もやっぱり、自然の一部なんだな 
 なんて感じたりもする、
 そんな矛盾する三十路後半。


 ぎっくり腰の予感。

 
 

サイズ


 偶然、ネット上で
 
 「ドラマや漫画では 女性は指輪のサイズは7号というのが定番なのに
  私は9号で悩んでいます」

 なんていう悩み相談を見て
 妙な気持になりました。

 
 あら、そうなの?
 ドラマや漫画では
 女の薬指は7号が基本なの?

 
 私はちょうど、薬指が7号で少しゆるいくらいなので
 全く腑に落ちない。

 なにせ、世の中で一般的に売られている指輪って
 一番多いのは9号からじゃございません?

 7号はオーダーだったり
 お直しになりますって言われたり、
 いわゆる「標準サイズ」ではない。
 
 靴で言えば
 世の中の靴屋さんに一番多く置いてあるのは
 23センチから23.5センチ、その次が22.5と24センチ、
 くらいじゃありません?

 だったら指輪の7号は
 靴の22センチみたいなもの。

 「平均したら一番多いサイズ」は、7号じゃない。


 
 漫画の主人公みたいに大きな目の日本人がいないように、
 そんなに7号サイズの指の女が
 うようよいるとは思わないんだけれど、
 どうなのかしら。


 グラビアアイドルだって
 公表しているスリーサイズより
 胸が小さめで
 ウエストは太めだなんてよくあること。

 数字はあくまでも数字。

 7号はもしかして
 「華奢で美しい女の手」を思わせるのかもしれないけど

 実際は手のサイズなんて
 身長や体格にあっていれば美しいザンス。

 6.5号の薬指に、
 1号の小指の私は
 いつも指輪が「お直し」が多いので・・・

 数字なんかに左右されるのは
 あほらしいと思うんですけどねぇ。

 
 9号だろうが
 11号だろうが、
 15号だろうが、

 男性に言うのが恥ずかしいなんて
 妙な話だわ。




 
 

まあまあまあまあ

 日本的な、よくある

 「お茶をにごす」とか
 「うやむやにする」とか

 いわゆる

 「まあまあまあまあ、・・・ね?」みたいな感じが

 海外から見ると

 何を言っても反撃してこない
 言いなりになりそうな国、という印象になるんだろうか。


 だからって一緒になって怒って対抗して
 憎しみ合うのも嫌だし
 憎しみをぶつけてきて侮辱や罵倒をしてくる国に対して
 寛容でいようと思えば
 相手はますます強気になるし・・・

 頭が痛い問題です。



 でも
 温和な人だって、たまに怒るとすごく怖いぞ、ってとこが
 あってもいいのにな。
 
 少なくとも、
 目の奥に、そんな光がある国であってもいいのにな、日本は。


 目の奥に、
 日本のトップの目の奥には
 不安と自信のなさしか見えない気がする。

 前の首相たちは
 面倒になったらさっさと辞めちゃったしな・・・。

 水に流すとか
 妥協するとか
 罪を憎んで人を憎まずとか、そういうのって
 良いようで悪いようで。

スポーツの祭典


 オリンピックが

 政治的な主張を全世界に言う場所になっていったら

 なんかそれ、悲しいなぁ。

 違うような気がするなぁ。

お盆


 暦の上ではもう秋だったりするようですが
 まだまだ暑い今日この頃。

 お盆も終わりまして・・・。

 
 お盆って、昔は親戚が集まって
 大人が話しててつまらなくて
 暑いのに墓参りして
 正直、ただの面倒な行事でした。

 けれどねぇ
 三十路にもなれば
 なんだか考えも変わってくるものです。



 お盆に集まるって、 
 集まれる人がいるだけ、面倒でもありがたいものなんですよねぇ。

 (面倒なんですけど。ご飯用意する立場ならなおさら)


 それにお墓参り。

 手をあわせ
 掃除をし、
 線香など供える行為や

 祖先に思いをはせたり、
 亡くなった人を思い出したり、
 そして、墓参りやお盆という行事を
 墓参りは、子供たちになんとなく伝えていくことになる。

 
 そうして育った子どもたちは
 たとえ成長して遠くに住み
 簡単に墓参りができなくなったとしても
 お盆になれば亡くなった人に思いをはせることを忘れないかもしれない。

 自分の親の顔も知らない人も、
 世の中にはいる。

 それでも、
 だれか過去に自分を産んだ人がいて
 その親が居て
 そのまた親がいて
 自分がいる。

 そういうつながりを思い出し、 
 時にはご住職とお話してみたり
 それが意味あることに思えてくる、そんな三十路。


 今年も無事、お盆が過ぎていきました。

 私もいつか
 思い出される側になるんだよなー・・・と
 しみじみ思いましてございます。


水も安全も、水の安全もタダじゃない。


 本当に反省していますが
 先日ちょっとひやっとすることがありまして
 子供が無事で良かったと
 ほっとするようなことがありました。

 万が一のことがあったらと思うと
 今でも手が震えます。

 本当に、何もなくて良かったとしか言えません。

 何かあったとき
 親を不注意だと責めるのは簡単でしょうが
 何よりも自分を責めて後悔して絶望するのは、その張本人の親なんですよね・・・。




 
 それでも
 スタンドバイミーじゃないけれど
 子供はいつか親の手を離れて
 冒険をしたがったり
 危険なことにチャレンジしたりすることもあるもの。

 無事ならいいけれど
 それで事故になってしまうこともある。

 やめる勇気も必要だけれど
 友達と一緒になって遊んでいるときに
 たとえば
 「お前、飛び込むの怖いのかよ」なんて話になったら
 そこでやめるのって難しいのかも・・・



 毎年、多くの水の事故のニュースを見ますでしょ?
 ほんっとに
 親になってみると、その恐ろしさが
 真の恐ろしさが分かります。

 私の生まれる前、
 親類の中に、海の事故でお子さんを失った方がいましたが
 その悲しみと後悔は
 ほぼ永遠に続くものなんですよね・・・

 ずっと亡くなった子の歳を数え
 結婚したかもしれない、
 生きていればもう孫がいたかもしれないと、忘れられないもの。

 何年経っても
 何十年経っても
 薄れていかない。

 そして
 それが親が同行している時に起きた事故であったなら
 その後悔と自己否定はさらに深い。




 夏は浮かれて楽しい季節。

 大人だって
 アルコールを飲んで川辺や海辺で遊んで
 そのまま水遊びして溺れるような事故が、毎年のように起きる。

 そうやって盛り上がってるときに
 「酔ってるしやめなよ。
  せめてライフジャケット着なよ」
ってダメ出ししたら

 場の空気を悪くするキャラになっちゃうんでしょうね・・・
 盛り下がっちゃうのは、すごく分かる。



 でもやっぱり
 嫌われてもいいや。

 そうやって一瞬楽しいことのために誰かが命を落としたら
 誰もがずっと
 後悔を心の隅に抱えて生きることになるんだし。

 過剰な心配でも、いい。
 うるさいキャラでも、いい。
 あいつがいるなら盛り上がらないと、呼ばれないならそれでもいいや。

 それでも私は
 水遊びするって聞いたらライフジャケット持参で行っちゃうようなキャラでいよう。



 砂に掘った落とし穴に友人が落ちて生き埋めで亡くなった事故や、
 飛び込み競争をしていて中学生が亡くなった事故、
 溺れた仲間を助けようとして、他の少年も一緒に亡くなった事故

 多くの事故が頭をよぎります。

 いじめで水に沈められたのは別として
 「本当に遊びだったのに」という、命の失い方もある。

 まさかと思っても
 時間はもどせない。

 そんなつもりでなくても、失った命も戻らない。



 今年もきっと
 まだまだ水の事故のニュースを聞くことでしょう。

 そこには数字で「今年は何人亡くなりました」ということしか
 報道では残らないかもしれないけれど
 親兄弟、一緒に遊んでいた人、
 どれだけ多くの人が混乱と悲しみに打ちひしがれるだろう。


 そんなわけで
 私も気を引き締めて
 子供の無事には目を配りつつ、たくましく育てたいと
 心にカツを入れた8月

 他の人にも
『飲んだら乗るな』だけじゃなく

『飲んだら泳ぐな』とか
『川で遊ぶなら、せめてライジャケ(ライフジャケット)』なんていう標語も、
 あってもいいのになぁ・・・。


健康が一番


 近頃ものすごく体の調子を崩しまして
 さすがに
 遠まわしに解雇をにおわされました。

 そりゃそうですよね。
 都合良く切れるからこそ、契約社員を使うんですもの。
 
 数か月での更新にして
 「仕事量が減って業績が悪くなったため、更新はしない」とか
 理由なんてなんとでもつけられますから。

 怖い怖い。
 何よりも健康第一。
 必死で仕事しなければ。

 ただねぇ、
 本当に、立ち上がると目が回り、
 元気になろうと無理に食べれば気持ち悪くなり、
 どうにもならなかったんですよ。

 健康のありがたさを、
 もう、言葉では言い尽くせないほど感じています。




 命あっての物種。

 その次は
 少しでも健康あっての物種。

 疲れきって
 体も弱っていると
 気持ちも萎えてきます。

 それで仕事を失ったりしたら
 さらにもう、気力が萎えまくりです。


 とにかく早く元気にならねば。



 以前は、冷房がきつすぎて
 直撃でものすごく具合が悪くなりました。

 倒れるくらいなら
 もう堂々と言います。

 「寒いんですけど!」



 この節電の世の中、
 もったいないったらない。

 体を壊して解雇されるくらいなら
 冷房が寒いって上司に直訴して怒られた方が、まだマシです。

 冷房を我慢しすぎて
 室内で倒れるのは、それは問題ですが
 効きすぎの冷房に、女性社員がカーディガンやひざかけを持ってくる時代は
 もう終わったんじゃないですか?

 少なくとも震災後は。

 

 と、思うタガメ。

 
 冷房の温度設定を、
 厚着の男性や
 太りすぎの方に任せてはいけないザンス。

 ちょっと暑いくらいが、夏ですよね・・・



 

 
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