立ち止まるな!ビンボ虫!

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ナイーブ

 他にもそれを読んだという人がいらっしゃるかもしれないけれど
 アタクシふと、雑誌のエッセイを読んで
 どうもひっかかっている。
 
 のどに詰まったようで、
 いまだに飲み込めずにいます。

 ある有名な作家さんのエッセイで
 アタクシもその作家さんは好きなのだけれど
 書かれていることが飲み込めず

 どうも消化不良を起している。


 その場で二回、ゆっくり読み返したのだけど
 やっぱりナットクできずに帰って来た。


 内容は要約すると
 男性は女性に比べ、繊細でナイーブな生き物、というお話。

 
 子供の頃も
 男子は弱く、なにかと弱く体を壊す。
 
 大人になってからも、
 とにかく男性は女性よりも繊細な生き物なのだ。


 その証拠が長髪。

 女性は長い髪をいとわず、伸ばし、加工し
 保っているけれど
 男性は短髪だ。
 
 それは男性は繊細だから長い髪は手入れしにくいし
 鬱陶しいし、
 耐えられない。

 なにせ繊細だから。



 だから長髪でいられる女性は、繊細ではない。

 平安の頃には背丈ほども伸ばしていられた女性は、
 信じられないほど繊細とは程遠い。

 男性は繊細。


 ・・・。


 ま、人にはそれぞれ考え方もあるんだし
 作家の先生なのだから
 過去の歴史だってちゃんと分かっていて言っているはず。

 ザンギリ頭を叩いてみれば・・・の唄が流行ったように
 明治維新の頃前では男性は長い髪をチョンマゲに結っていた。

 マゲが外れた落ち武者は
 河童頭だけどロングヘア。

 女性はそれ以上に伸ばしていたものの、
 でも男性も長髪だった。
 
 平安時代も、女性はとほうもなく髪を伸ばしていたけど
 男性も別に丸坊主だったワケじゃなく、長髪を結っていた。

 
 だからどうだとカッカするほどの話でもないのだけど
 長髪でいられないのが
 男性が繊細である証拠の一つ
、ってのはどうなんだろう。


 脂まみれの髪からフケを落としている上司を見ながら
 ふと思った。

 男性は繊細すぎるから、髪を頻繁に洗えない、と
 その作家先生なら言うのかも。

 かも。




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汚職と不正と戦争は無くならない・・・のかな・・・


 神奈川県警の警察官が
 虚偽の文書を作成したことで処罰されたらしい・・・

 なんでだろう。

 神奈川県警ってほんと
 嫌なニュースが多いんだけど気のせい?

 他がばれていないだけ?
 それとも特に不正やにごった雰囲気の強い警察署なの?


 何度問題が発覚しても
 まだ続くことを嫌悪すべきか、

 全てが隠蔽されずに、一部でも不正や悪事が表面化するだけでも
 まだ警察に自浄作用があると救いを感じるか、

 どっちかと聞かれたら、
 やっぱり嫌悪を感じる。


 なんか、どうしても氷山の一角だとか
 トカゲの尻尾きりとか
 そんな言葉が頭の中をぐるぐる回る。


 組織の中で生きるためには
 よどんだ雰囲気に染まらねば生き残れない場合もあるでしょうし

 慣例からは新米は逃れられず、
 高い志を持って臨んだ仕事でも、いつの間にか楽なほう、ずるい方に流れてしまう気持ちは
 よく分かる。

 警察じゃないけど、アタシだって末端の人間だから
 上司に従わなきゃ仕事がなくなることはよっく分かる。

 周囲の悪しき慣習に、「ダメじゃないですか!」って立ち上がったら
 一瞬で出る杭が打たれて終わる。



 トップが変わっても、
 大きな組織の中に巣食った習慣や慣例を変えるのは難しい。

 だけれど、
 神奈川県警と言われると
 どうも、もう、根元から腐っているような印象を受けてしまう。

 それほどに不祥事をたくさん聞いてきた。

 それは全国の警察のイメージも
 「どうせ調書の偽造だの、どこでもやってるんじゃないの?」と貶めてしまう。


 管轄が違うとか、警察内部ではいろいろ分かれているとしても
 部外者が見ればみんなまとめて「警察の人」なんだから。



 嘘つきは泥棒の始まりで
 嘘つきは警察の始まりで
 嘘つきは政治家の始まり じゃ、いけないよ、やっぱり。


 警察を見て「悪いことしてるかもしれないけど逆らうと捕まる」と庶民が思うようになったら
 警察は正義の味方じゃなくて
 暴力団とずいぶん似通った組織になっちゃうから。


 クリーンになって欲しい。
 まずは、不祥事で有名な警察署から。



スマホの音を消すのは犯罪幇助?


 スマホのアプリの中に
 シャッター音を消すものがあって

 盗撮を助長するのでは?と問題になっているらしい。


 うーん。

 つい出来心でやろうとしても、身近に隠し撮りできるようなツールが無い場合
 思うだけで実行はしないかもしれない。
 
 でも手元にある道具でふと
 前にいる魅力的な女子高生のスカートの中が撮影できるかも、と思ったら
 未遂で済むはずのものが
 実行へと駆り立てられてしまうかもしれない。

 道具があってもやらない人はやらないけど、
 でも犯罪に直結してしまう道具は
 無い方が安全。
 簡単に手に入らない方がいい。

 私はそう思う。


 例えば自動車の警報装置を切る道具が
「自動車やカーナビ泥棒」の道具として使われるとして
 規制されたように。

 だいたい、音を消して撮影しないといけないような場面は
 普通、あまり写真を撮ってはいけない場面じゃないだろうか。

 厳粛な場や
 写真撮影禁止の場所以外では
 静かになんの音も立てずに撮影をしなければならない必要性が少ない。

 音が出ない撮影は
 周囲にばれないため。

 音が迷惑になる、と言うような場所では
 撮影をしなければいいのだから。


 人間には権利と義務と、自由がある。
 そして自由には制限がある。

 自由にアプリを販売して自由に利益を上げる自由もあるけれど
 反対に撮られる側は、盗撮から身を守る権利もある。

 だからアタシは
 シャッター音を消すアプリを早々に規制することを希望ザンス。
 


 

震災を思いつつ


 仕事に追われて、まだ一ヶ月未満。
 祝日や年末休みを挟んだので、どう考えてもまだまともに働いたと言えるのは
 10日程度。

 年末は引継ぎとも言えない引継ぎでバタバタしていたので
 仕事をちゃんとしたとも言えず
 今、積み重なってきた疲れに、精神的にもどんよりしております。

 言葉にするのは簡単ですが、
 子供の頃、
 早朝に出勤前に命を断ってしまった、近所のお父さんの気持ちが、
 分からなくもないです。

 家族を残してでも命を断ってしまうほど
 深夜や早朝に、果てしない絶望感と虚無感に襲われることは
 あります。

 
 もちろん私は命を断って子供を困らせたりしませんが、
 この忙しい時期に実家からまた疲れる電話があったりすると
 それこそ、ふっと蒸発したくなるお父さんの気持ちが
 理解できるような気もします。

 しませんけど。



 朝、猛烈な虚無感に襲われながら、
 爽やかさのカケラもなく起きて、
 ヒザを抱えてじーっとしてましたが

 思い出せば
 そうだ、今日は阪神大震災の起きた日でしたね。



 寝ている間に天地を揺るがす震災とその後の火事に襲われ
 全てを失った人、
 大切な人を失った人、
 思い出や住まいを失った人が大勢いる。


 いくら不安でつらいとは言え、
 昨日と同じ家で
 同じように起きられただけで、
 つくづく幸せなんだと
 つぶやきながら何とか動き出しました。


 今ある幸せを分かってはいても
 それとは別に、自分の今の悩みや不安に
 押しつぶされてしまいそうになることはあります。

 毎日、
 永遠に今と同じ日が続くとは限らないし、 
 その中で人は
 先が分からなくても、より良い明日のために努力していかないといけない。

 今日の自分が明日の自分を創るのだし。

 今日食べたものが自分の体を作っていくのだし。



 分かっちゃいても、
 そう思えば思うほど、
 昨日も疲れてつい寝ちゃった自分に、ますます嫌悪なアタクシ。

 朝起きてブログ更新しようと思えば、
 アメブロは恒例の総メンテでアクセスできずお手上げのアタクシ。


 阪神大震災にしても、
 東北の大震災と津波にしても、
 ただひたすら今を生きる私たちにできることは

 震災は防げなくても
 普段から備えることと
 二次災害に対処する方法を普段から学ぶこと。

 そして
 助け合う気持ちを忘れないことだと思います。


 
 不安に押しつぶされそうなアタクシですが、
 住む場所も落ち着かず、
 家族を失って、今、苦しむ東北の被災者の方や

 いまだ癒えない阪神大震災の傷に苦しむ方々のことを思えば
 めそめそくよくよもしていられません。

 めそめそくよくよ、してもいいとは思うのですが
 しても、気持ちを切り替えて
 「今日」という一日を乗り切ろうと思います。

 アルコール依存症の人が「今日だけは飲まずに行こう」と
 それを目標にして毎日を乗り切るように

 私も「今日」をなるべくプラスにして乗り切りたい。

 
 「今日」がきたことのありがたみを、忘れないようにしつつ。



 話が迷走しましたが
 心より、阪神大震災の被災者のみなさんの冥福を祈ります。

 残された日本人は、
 それぞれ頑張って生きています。

 これからも、地震大国日本で、
 震災の不安を抱えつつも、根を張って生きて行きます・・・。



また記憶がなかった


 すいません。
 一個前の記事をかいた記憶がありません。

 疲れて朦朧として書いたのでしょう。

 誤字脱字がいつもより満載♪

 少々訂正しました。
 主語もあいまいで、何が言いたいのか分からないところもあちこち。



 で、歴史ドラマについてもう一個言いたいんですけど、
 写真が残っている、ギリギリの世代って
 幕末とか明示の頃じゃございません?
 
 その頃の美人と言われる人たちの写真は、
 みんな、
 髪がペッタリしてる。

 今みたいにシャンプーで洗って
 乾かしてスタイリングしてサラサラ♪なんてこともなく、
 風になびくのが美しいとも思われない時代。

 油でしっとりペッタリさせていた時代ですから、
 洗い髪姿の、日本髪をほどいた女性の姿ですら、
 髪がさらさらじゃない。

 白黒写真からでも伝わるほど、
 ぺったりシットリ。



 それに、日本にきていた外国人技師などが撮った写真などに残っている
 昔の日本の庶民の姿は
 髪も結ってあってもゆるゆるで、
 着物だってだらーっと着ている。

 今の時代劇みたいに
 町娘も大工も、みんな小奇麗な格好でピシッとしていたりしない。

 けっこう労働者は浅黒く
 着物もヨレヨレ。
 フンドシだけで働いている様子も残っている。


 トイレにアルコール消毒が置いてある現代とは違うし
 毎日シャンプーとトリートメントしまくる現代人とは
 ぜんっぜん違うのだから

 アタシは、画面から生活臭がしてきそうな、
 「昔のニオイ」がしてきそうなドラマを期待しますわ。


 貴族がありえないほど「真っ白」なおしろいをして
 口紅は、ナチュラルとは程遠い「真っ赤」

 全員お歯黒してるようなドラマが見られたら
 アタシは面白いと思うんだけど・・・


 視聴率はとれないかもね。


 
 ドラマはあくまでも、ドラマですもん。

 イケメンに美女に、
 そして現代風のメイク、がウケますよね。


 江戸時代のカツラですら、
 ちょっとブラウン系の髪色にしてあるものだってあるんだもの。

 しゃーないか♪

 
 ( ̄▽ ̄)

歴史ドラマの解釈は自由でもいいと思う

 ある知事が、
 大河ドラマ平清盛が、薄汚い格好でいることに嫌悪感をしめしたそうな。

 歴史に忠実であるより
 小奇麗でおしゃれなストーリーを期待したんだろうか。


 私は個人的には
 多少汚くてもいいと思う。

 歴史に完全に忠実、というのは難しい。

 あとから歴史上の大発見がさせる場合もあるし、
 定説がひっくり返ることもある。

 しかしどう見ても、
 今時の、現代風のメイクに整った日本髪、
 眉も剃らず、お歯黒もしない時代劇は、
「ネオ 時代劇」とも言うべきものだ。

 アタシは小汚くて、
 化粧法も全然違う歴史ドラマに、
 リアルさを感じて、嫌な思いをしない。



 歴史とは、書物や証拠を頼りに
 現代の人間が推測やフィクションを交えてつくるものだ。
 
 そのものリアルには、どうしたって作れない。
 
 監督や役者の個性が出るものだと思う。


 そのままリアルにつくれば、
 登場人物はそうそうみんなが毎日風呂には入れないだろうし
 髪だってたまにしか洗わない。

 皇女和宮だって、風呂が大嫌いで有名だったんだし。

 身長だって昔は男性も、
 小柄な人が多い。



 数少ない、中立かどうか分からない資料の中から、
 プロデューサーや監督が演出し、
 独自の判断で作るのが、歴史ドラマ。

 私は
 少々汚い清盛がいてもいいと思う。

 
 
 アタシが好きな赤穂浪士の討ち入りですら、
 吉良上野介の地元では
 吉良を擁護する声が大きいのです。
 
 本当の討ち入りの様子や
 討ち入った浪士たちの本音を今、聞きだすこともできないし、
 吉良上野介がほんとうにひどいイジメをしたのかも、
 分からない。

 嫌な思いをしても、会社で上司を殴ったら大問題だ。
 それをやっちゃって家族(家臣)を路頭に迷わせたのだから
 赤穂の殿様にも、落ち度があったようにも思えるし・・・

 でもドラマとしては
 敵討ちをした方が完全に「正義」の方が面白いから
 そういうドラマが多く作られる。






 判断は視聴者がするもの。

 歴史ドラマを娯楽と見るのか
 歴史を美しく学ぶためのものだと思うのか。

 それは感じ方次第ですな・・・・

 

井戸を知らないのはただの無知です


 近頃ある話を聞いた。

 苗字に「井」の字がつく人が
 若い人に説明するときに
 「井戸の井、に・・・」と言ったら

 「井戸ってなんですか?」と言われたんだそうな。


 それで
 「ああ、若い世代は井戸を知らないから
  井戸の井と言っても通じないんだな」と思った、と言う・・・。



 そりゃ違うでしょう。

 
 アタクシだって生まれたときから水道がありましたがな。

 つるべで水汲んだことなんて
 ないです。

 母親世代は使っていたそうですが
 上下水道も広まった今、
 井戸は、災害時の非常用水として見直されているものの、
 都市部では確かに減っている。


 だけど、それでも知ってるもんでしょ。


 侍に会ったことが無くても
 侍ってものがいたことを知っていて
 侍と言う字がかける人は書ける。

 書けない人は書けない。


 古文の授業でもなんでも
 井戸なんていくらでも出てくるじゃないですか。

 井戸を知らずして
 じゃあ、あの有名な
 朝顔につるべとられてもらい水 の意味は、どう解釈するんですか。


 その人は丸暗記だけで何も考えずに学校の勉強をしてきたか、
 本も読まず何にも知ろうとしなかっただけの人ですがな。

 若くても
 井戸の井、が通じないなんて、

 「若いからねー」 じゃないですがな!!



 確かに、今の若い世代は
 例えばダイヤル式の電話の使い方が分からなかったり
 和式トイレが使えなかったり
 そんなこともあるそうな。

 でもそれと、 
 井戸ってなーに? は別問題。


 井戸の、井です、とか
 天井の井です、と説明されてもポカンとしてるのは

 「若いから」じゃなくて、ただの無知だと思う三十路。
 情けないわー・・・


 息子には分かって欲しくて
 昔話をせっせと聞かせる、今日この頃。



やっぱり不手際を認めざるを得なかった警視庁


平田信容疑者、門前払いの件、
 やっぱり問題になりましたね。

 そりゃそうだ・・・。

 本人が出頭してきて
 自分だって言ってるのに追い払われるようじゃ
 警視庁はザルだ。
 
 指名手配犯人を捕まえることなんてできやしない。


 
 警察官がイタズラだと思うくらいだから
 人相や風体は変わっていたのかもしれないけど
 改めて出頭した丸の内署ではちゃんと取り調べて逮捕に至ったのだから
 門前払いの不手際は
 弁解のしようがない。

 追い払ってしまった機動隊員は
 胃が痛いだろうけれど
 責任は上にもあるように思う。

 オウム事件について、
 記憶や危機感が、薄れていたんじゃないだろうか。

 自首してきても警察が捕まえない指名手配犯人を
 一般人が見つけられるはずもない。
 
 情報提供を募っても
 そりゃ無理と言うもの。



 残りの信者も
 生きているとしても風貌も変わっているだろうし
 逃げているならどう考えても助けている人がいる。
 
 普通に堂々と働けるわけもないし、
 稼いで安定した暮らしも、1人じゃできないだろうから
 ますます捕まえるのは困難な気がする。



 少なくとも
 少なくとも

 せめて自首してきたら捕まえられる
 最低限度の警察であって欲しい。

 オウム信者の逃亡者だけでなく、
 他の指名手配犯についても。

 
 警視庁の甘さを痛感した正月。

 安全神話なんて、とっくに崩れてますがな・・・

人の失敗なのに血の気が引く正月


 等身大の看板も減って
 オウム系容疑者への記憶も少し薄れていた人も多いんじゃないだろうか。

 少なくも私はそうだ。


 と、一個前の記事で書いたのだけど
 警察の人間でもそうだったらしい。

 出頭の経緯を聞いて
 一瞬血の気が引いてしまった。

 平田信容疑者は
 最初警視庁へ出頭したものの
 自首したら悪質なイタズラと思われて追い払われ
 丸の内署へ行くように言われて

 それで
 自分で移動して丸の内署へ出頭しなおしたんだそうな


 ( ̄▽ ̄;)・・・。



 逮捕のニュースを聞いて
 追い払ってしまった警察官は、
 血の気が引いたんじゃないだろうか。

 もし私だったら、真っ青になって
 正直、職場に行くのが怖い。

 いくらなんでも
 こりゃ、大目玉だろう・・・。

 平田信本人が
 「平田信です 出頭します」って来たのに

 はいはいはいって追い払ってしまった担当者には
 明るい正月はこなかったろう。
 
 餅が美味しくノドを通ったりしなかっただろう。

 
 そのまま、追い払ったときに
 やっぱり思いなおしてまた逃げてしまったり
 自殺してしまったら
 取り返しがつかなかったんだから。




 ただ、つかまったはいいものの、
 これで元教祖松本被告の死刑執行が遅れるかも
 なんていう話も出ているので
 
 一体本心はどんなつもりで出頭したのかが気になる。


 そして警察関係者のみなさんには
 今一度、出頭した容疑者に
 「はいはい、分かったから帰れ」となってしまわないように

 逃亡者の写真をしっかり見直して
 終わった事件ではないことを再認識して欲しい正月。


区切りで出頭した年末。


 正月早々、ニュースに驚いた人も多いんじゃないでしょうか。

 平田信容疑者逮捕。

 ・・・というか出頭。


 一頃は、駅には等身大看板もあったオウム系容疑者たちも、
 立て看板はポスターだけなり
 ポスターも減り、

 正直、記憶からだんだん薄れ掛けていた。

 
 少なくとも私はそう。
 オウム事件の頃、私は学生だったんだから。

 携帯もあまり普及していないころの事件だから
 時間の経過に、改めてぞっとする。
 



 本心を言えば、
 立て看板の容疑者たちは
 もうこの世の人ではないかもしれないと思っていた。

 逃亡に疲れて亡くなっていたり
 逮捕を恐れた誰かに消されたり
 そんなこともあるんじゃないかと思っていました。


 こんなに長いこと
 全国指名手配の中、
 隠れ続けられるのか、不思議だったから。


 だけど、
 できるもんなんですね。
 かばう人が居て
 場所やお金が確保できれば
 容疑者って、全国指名手配の中でも
 こんなに逃げ続けられるもんなんですね。

 自分で出頭してきたから逮捕されたものの、
 そうでなければ、
 もっと逃げられたのかもしれない。

 恐ろしい・・・




 逃げられればそれで幸せだとは言えないけど
 それでも
 こんなに長期間、逃亡生活することって、可能なんだと
 苦い思いを噛みしめたアタクシ。



 誰がどうやってかばい、 
 どうやって隠れ場所をキープしていたのかはよく分からないけど
 どう考えても、まともな医療を受けたり
 堂々と働くこともできない生活。

 長生きできたとしても
 逃げ延びたとしても
 それがなんだと言うんだろう。

 出頭するまで
 彼がなにを考えて
 その間に起きた日本の出来事やニュース、震災などを
 どう見ていたのかは分からない。

 でも
 出てきた気持ちは
 なんだかちょっとだけ分かるような気がする、
 勝手な思い込みのアタクシ。



 10年
 20年 
 どれだけ逃げ続けても、先が見えない。

 逃げたら賞金が出るようなテレビ番組とは違う。

 ただあてもなく逃げ続けるだけ。
 逃げることが目的の人生。

 それは疲れるような気がする。


 罪は一部否定しているようだけど、
 もし本当に関わっているのなら、
 自分が逃げ続けた歳月、被害者の遺族の悲しみは癒えなかったことも考えて
 本当のことを言って欲しい。




 失われた命は
 どんな刑に服しても、戻ってこないのだと言うことを忘れず。



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